| 発表年 | タイトル | UK最高位 | US最高位 |
|---|---|---|---|
| 1968 | I've Been Loving You | -- | -- |
| 1968 | レディ・サマンサ Lady Samantha | -- | -- |
| 1969 | イエス・イッツ・ミー It's Me That You Need日本では1971年に発売され、各ラジオ局のヒット・チャートで1位に輝き、オリコン・シングル・チャートでも最高位13位を記録した。US,UKでは全くヒットせず、日本のみでエルトンの代表作の1枚になっている。 | -- | -- |
| 1970 | From Denver To L.A. | -- | -- |
| 1970 | 人生の壁 Border Song | -- | #92 |
| 1970 | ロックン・ロール・マドンナ Rock And Roll Madonna | -- | -- |
| 1971 | 僕の歌は君の歌 Your Songエルトンの代名詞といっても過言でない名曲。UK,USともに初のベスト10入りを果たし、エルトンの名を世界に知らしめた。日本では「イエス・イッツ・ミー」の前に発売されたがヒットには至らず。近年、CMやテレビ番組で頻繁に使用されている。現在は「ユア・ソング」のタイトルの方が有名。 | #7 | #8 |
| 1971 | フレンズ Friends | -- | #34 |
| 1971 | リーヴォン Levon | -- | #24 |
| 1972 | ●可愛いダンサー Tiny Dancerチャートの最高位はUSの41位と地味だが、その後、映画「あの頃ペニーレインと」に使われたり、エルトンのライブには欠かせない曲になるなど息の長い人気を得て、'05年にRIAAゴールドディスクの認定を受けた。 | -- | #41 |
| 1972 | ロケット・マン Rocket Man(I Think It's Going To Be A Long, Long Time)エルトン2曲目のトップ10ヒットで、宇宙飛行士の孤独を歌った名曲。この作品の収録されたアルバム「ホンキー・シャトー」から本格的にギター・サウンドを取り入れている。この作品以降ヒット・チャートの常連となった。 | #2 | #6 |
| 1972 | ホンキー・キャット Honky Cat | #31 | #8 |
| 1972 | ★クロコダイル・ロック Crocodile Rockエルトン初のUS第1位(3週間)を記録したロックンロール・ナンバー。間奏の「La La La 」がとても印象的で、オールディーズを意識したサウンドと歌詞が楽しい。日本でも「イエス・イッツ・ミー」以来の大きなヒットとなり、これを期に一躍人気シンガーになった。 | #5 | #1(3w) |
| 1973 | ●ダニエル Danielこの曲をシングル・カットする際に、エルトンと当時所属のDJMレコードとが大揉めしたのは有名な話。結局はレコード会社を押し切った形で発売され、見事にUK,USで大ヒットさせた。ベトナム戦争の帰還兵のことを歌っている。 | #4 | #2 |
| 1973 | 土曜の夜は僕の生きがい Saturday Night's Alright For Fightingエルトンがリスペクトするローリング・ストーンズを意識したロック・ナンバー。この曲がUSでトップ10入りしなかったのは不思議だ。映画「ファンダンゴ」の公開時、日本では「土曜の夜はファンダンゴ」という 奇妙なタイトルで再発売された。 | #7 | #12 |
| 1973 | ★グッバイ・イエローブリック・ロード Goodbye Yellow Brick Road現在でもCMなどでよく使用され、エルトンの楽曲の中では「僕の歌は君の歌」に並んで有名なナンバー。管理人がエルトンの虜になった原因の曲でもある。静かなピアノのイントロから始まり、サビに入る直前の転調がとても印象的な曲。日本ではこの頃がエルトン人気の絶頂期だった。 | #6 | #2 |
| 1973 | ロックン・ロールで大騒ぎ Step Into Christmas | #24 | -- |
| 1974 | Candle In The Wind | #11 | -- |
| 1974 | ★ベニーとジェッツ Bennie And The JetsUKではヒットしなかったが、USではシングル・カットした当人達がビックリの大ヒット(年間第9位)。特筆すべきはブラック・チャートにもランクインした事。この曲のヒットで白人歌手としては初めてテレビ番組「ソウル・トレイン」に出演した。 | #37 | #1 |
| 1974 | ●僕の瞳に小さな太陽 Don't Let The Sun Go Down On Me | #16 | #2 |
| 1974 | ●ビッチ・イズ・バック(あばずれさんのお帰り) The Bitch Is Back | #15 | #4 |
| 1974 | ●ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ Lucy In The Sky With Diamondsエルトンとジョン・レノンの競演が実現したヒット曲。B面もジョンのナンバー「ワン・デイ・アット・ア・タイム」。当時、シングル盤としては珍しく5分を越す長い曲だったため、33回転シングル盤として発売された。US第1位を記録。 | #10 | #1(2w) |
| 1975 | ★フィラデルフィア・フリーダム Philadelphia Freedomエルトンがテニス・プレーヤーのキング夫人に捧げた曲で、US'75年の年間第3位の大ヒット。フィリー・サウンドとロックを融合させたサウンドで、ブラック・チャートでも人気だった。このシングル盤のみ「エルトン・ジョン・バンド」の 名義で発売された。 | #12 | #1(2w) |
| 1975 | ●僕を救ったプリマドンナ Someone Saved My Life Tonight | #22 | #4 |
| 1975 | ★アイランド・ガール Island GirlUS49位初登場→36位→8位→1位と4週間でナンバー1に輝いたチャート・アクションは'97年の「キャンドル〜」の初登場1位に次ぐ記録。エルトンの人気絶頂期を象徴するようなヒット曲。イントロのスライド・ギターがカッコいい。 | #14 | #1(3w) |
| 1976 | 今夜はこわいぜ!/さすらいの弾丸 Grow Some Funk Of Your Own/I Feel Like A Bullet(In The Gun Of Robert Ford) | -- | #14 |
| 1976 | ピンボールの魔術師 Pinball Wizard | #7 | -- |
| 1976 | ●恋のデュエット Don't Go Breaking My Heart (with Kiki Dee)エルトンとキキ・ディーの最初のデュエット曲で、US'76年4週間第1位を獲得、年間でも第2位の大ヒットとなった。この曲でUKでも初のナンバー1を獲得したが、ソロ名義としては更に10年以上待つことになる。ポップスの楽しさいっぱいの名曲。 | #1(6w) | #1(4w) |
| 1976 | ●悲しみのバラード Sorry Seems To Be The Hardest Word | #11 | #6 |
| 1977 | Crazy Water | #27 | -- |
| 1977 | 恋のダンス・パーティー Bite Your Lip(Get Up And Dance!) | #28 | #28 |
| 1978 | 僕の小さなわがまま Ego | #34 | #34 |
| 1978 | パート・タイム・ラヴ Part Time Love | #15 | #22 |
| 1978 | ソング・フォー・ガイ Song For Guy | #4 | -- |
| 1979 | Are You Ready For Love | #42 | -- |
| 1979 | ●キャント・バイ・ユー・ラヴ Mama Can't But You Love「悲しみのバラード」以来、4年ぶりのUSトップ10ヒットとなった。フィリー・サウンドのトム・ベルがプロデュース、エルトン本人の作曲ではないものの、何はともあれチャート復活は嬉しかった。 | -- | #9 |
| 1979 | 恋に捧げて・・・・ Victim Of Love | -- | #31 |
| 1979 | Johnny Be. Goode | -- | -- |
| 1980 | ●リトル・ジニー Little JeannieUKでは見事にこけたが、USでは4年ぶりのトップ3入りの大ヒット。「・・・恋に捧げて」のショックで打ちのめされていたファンに救いの手を差し伸べてくれた曲。エルトンの行く末を案じていた我々にとって、このヒットは心底嬉しかった。 | #33 | #3 |
| 1980 | 恋という名のゲーム Sartorial Eloquence(Don't Ya Wanna Play This Game No More?) | #44 | #39 |
| 1980 | Dear God | -- | -- |
| 1981 | I Saw Her Standing There (with John Lennon) | #40 | -- |
| 1981 | 恋は、はかなく Nobody Wins | #42 | #21 |
| 1981 | Just Like Belgium | -- | -- |
| 1981 | 愛しのクローエ Chloe | -- | #34 |
| 1981 | Loving You Is Sweeter Than Ever (with Kiki Dee) | -- | -- |
| 1982 | ブルー・アイズ Blue Eyes | #8 | #12 |
| 1982 | エンプティ・ガーデン Empty Garden(Hey Hey Johnny) | #51 | #13 |
| 1983 | Princes | -- | -- |
| 1983 | All Quiet On The Western Front | -- | -- |
| 1983 | ブルースはお好き? I Guess That's Why They Call It The Blues「リトル・ジニー」以降、また不遇の時代が続いたエルトンにとって、3年ぶりのUSトップ10入りのヒット。この曲と、エルトンとバーニーの完全復活となったアルバム「Two Low For Zero」によって第2期黄金時代の幕を開けることになる。 | #5 | #4 |
| 1983 | アイム・スティル・スタンディング I'm Still Standing | #5 | #12 |
| 1983 | キッス・ザ・ブライド Kiss The Bride | #20 | #25 |
| 1983 | Cold As Christmas(In The Middle Of The Year) | #33 | -- |
| 1984 | サッド・ソングス Sad Songs(Say So Much)この年('84年)、エルトンはUSにおいて5曲のヒットを連発。'70年代全盛期には及ばないものの、大いにヒットメイカー振りを発揮した。 この曲や「アイム・スティル・スタンディング」は日本でもスマッシュヒットに。 | #7 | #5 |
| 1984 | Passengers | #5 | -- |
| 1984 | あの娘のシューズ Who Wears These Shoes? | #50 | #16 |
| 1984 | In Neon | -- | #38 |
| 1984 | Breaking Hearts(Ain't What It Used To Be) | #59 | -- |
| 1985 | エルトンのケンカ大作戦 Act Of War (with Millie Jackson) | #32 | -- |
| 1985 | 悲しみのニキタ Nikita東西統一前のドイツを題材に、政治的な背景をラヴ・ソングに見立てた名曲。バック・ヴォーカルにジョージ・マイケルが参加。 タイトルのニキタ Nikita は、ロシアの政治家ニキータ・フルシチョフからとった、という説もある。 | #3 | #7 |
| 1985 | ●愛のハーモニー That's What Friends Are For (Dionne & Friends)ディオンヌ・ワーウィック、スティーヴィー・ワンダー、グラディス・ナイト、そしてエルトンの4人で歌ったバカラック作のバラード曲。USでは'85年の年間シングルのトップに輝いた。 この曲でエルトンは初のグラミー賞をポップ・グループ部門で獲得した。エイズ基金のためのチャリティ・シングル盤。 | #16 | #1(4w) |
| 1985 | ラップ・ハー・アップ Wrap Her Up | #12 | #20 |
| 1986 | Cry To Heaven | #47 | -- |
| 1986 | ハートエイク Heartache All Over The World | #45 | #55 |
| 1986 | スロー・リヴァー Slow Rivers (with Cliff Richard) | #44 | -- |
| 1987 | Flames Of Paradise (with Jennifer Rush) | #59 | #36 |
| 1987 | Your Song(Live) | #85 | -- |
| 1987 | 風の中の火のように(ライブ) Candle In The Wind(Live)エルトン初のライブ録音のヒット曲。永遠の女優マリリン・モンローへの切ない想いを歌った名曲。'97年にモンローから、故ダイアナ妃への追悼に歌詞が書き換えられ歴史的ヒットとなる。オリジナルは「黄昏のレンガ路」に収録。 | -- | #6 |
| 1988 | アイ・ドント・ワナ・ゴー・オン I Don't Wanna Go On You Like ThatUKではヒットには至らなかったが、USでは'80年の「リトル・ジニー」以来のトップ3入り(最高位第2位)を果たした(「愛のハーモニー」を除く)。映像が横にスクロールする印象的なビデオ・クリップも秀逸だった。 | #30 | #2 |
| 1988 | Town Of Plenty | #74 | -- |
| 1988 | ワード・イン・スパニッシュ A Word In Spanish | -- | #19 |
| 1989 | 愛の嵐 Through The Storm (with Aretha Franklin) | -- | #16 |
| 1989 | ヒーリング・ハンズ Healing Hands | #15/#1 (5w) | #13 |
| 1989 | サクリファイス Sacrificeデビュー以来20年のキャリアを持つエルトンが、唯一、成しえなかったソロ名義でのUK第1位を初めて獲得した記念すべき曲。当初はまったくヒットしなかったが「ヒーリング・ハンズ」とのカップリングで再発売 されて大ヒットとなった。 | #55/#1 (5w) | #18 |
| 1990 | Club At The End Of Streets | -- | #28 |
| 1990 | You Gotta Love Someone | #33 | #43 |
| 1990 | Easier To Walk Away | #63 | -- |
| 1991 | ●ドント・レット・ザ・サン・ゴー・ダウン・オン・ミー Don't Let The Sun Go Down On Me (with George Michael)'70年から続いていたトップ40入りの記録が途切れる危機を救ったジョージ・マイケルとのデュエット曲。「愛のハーモニー」を除けば、「恋のデュエット」以来15年ぶりの第1位に輝いた(US,UK共)。 勿論、同名曲のセルフ・カバー。 | #1(2w) | #1 |
| 1992 | ザ・ワン The One | #10 | #9 |
| 1992 | ランナウェイ・トレイン Runaway Train (with Eric Clapton) | #31 | -- |
| 1992 | ラスト・ソング The Last Song | #21 | #23 |
| 1993 | Simple Life | #44 | #30 |
| 1993 | トゥルー・ラヴ True Love (with Kiki Dee) | #2 | #56 |
| 1994 | Don't Go Breaking My Heart (with Rupaul) | #7 | #92 |
| 1994 | Ain't Nothing Like The Real Thing (with Marcella Detroit) | #24 | -- |
| 1994 | ●愛を感じて Can You Feel The Love Tonightこの曲でエルトンはアカデミー賞・最優秀主題歌賞を受賞、会場で歌声を披露した。同じくこの曲で、ソロ名義としては初のグラミー賞(最優秀ポップ男性歌手)も受賞したが、 グラミーへの積年の恨みか?会場にエルトンの姿はなかった。 | #14 | #4 |
| 1994 | Circle Of Life | #11 | #18 |
| 1995 | ビリーヴ Believe | #15 | #13 |
| 1995 | Made In England | #18 | #52 |
| 1996 | ブレスド〜まだ見ぬ我が子へ Blessed | -- | #34 |
| 1996 | Please | #33 | -- |
| 1996 | You Can Make History | -- | #70 |
| 1996 | リヴ・ライク・ホーセズ Live Like Horses (with Luciano Pavarotti) | #9 | -- |
| 1997 | ★11キャンドル・イン・ザ・ウィンド1997 Candle In The Wind / Something About The Way You Look Tonightシングルの世界記録を塗りかえてしまったモンスター・ヒット。この曲で彼は再び注目されるようになったが、悲しいかな、現時点でUSにおける最後のトップ10ヒット曲となってしまっている。 この壁を乗り越えられる日は来るのか? | #1(5w) | #1 (14w) |
| 1997 | Perfect Day (Various Artists) | #1 | -- |
| 1998 | Recover Your Soul | -- | #55 |
| 1998 | リヴァー・キャン・ベンド If The River Can Bend | #32 | -- |
| 1999 | ●リトゥン・イン・ザ・スターズ Written In The Stars (with LeAnn Rimes)現時点でUSにおける最後のトップ40ヒット。当時、絶大な人気のあったカントリー界の歌姫リアン・ライムスとのデュエット・ナンバーで、アルバム「アイーダ」からのシングル・カット。最高位29位ながらゴールドディスクを獲得した。 | -- | #29 |
| 2000 | Someday Out Of The Blue | -- | #49 |
| 2001 | アイ・ウォント・ラヴ I Want Love | #9 | -- |
| 2002 | This Train Don't Stop There Anymore | #24 | -- |
| 2002 | Original Sin | #39 | -- |
| 2002 | Your Song (with Alessandro Safina) | #4 | -- |
| 2002 | 悲しみのバラード Sorry Seems To Be The Hardest Word (with Blue) | #1 | -- |
| 2003 | Are You Ready For Love23年前のこの曲がUKのクラブ・シーンで突如火がつき、あれよと言う間にUKシングルのトップに躍り出た。USではクラブ・ダンス・チャートで第1位をゲット、この曲や「ロケット・マン」の別バージョン等を含むリミックスCDが発売された。 | #1 | -- |
| 2004 | All That I'm Allowed(I'm Thankful) | #20 | -- |
| 2005 | Turn The Lights Out When You Leave | #32 | -- |
| 2005 | Ghetto Gospel (with 2Pac) | #1 | -- |
| 2005 | Electricity | #4 | -- |
シングル盤は、UK又はUSで発売されたものに限定(12インチシングル、プロモ盤は除く)。リリース年は基本的にUKを参考にした。
日本語タイトル明記は日本でシングル盤が発売された曲。チャート順位はUKはMW誌、USはBillboard誌に基づいている。USでは
2000年の「Someday Out Of The Blue」以降、シングル発売そのものを止めてしまった為、シングル・ヒットも'99年以降出ていない。
※RIAA(全米レコード協会)公認売上枚数 ●・・・50万枚 ★・・・100万枚(マーク横の数字は倍数を表す。例:★2は200万枚)